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◎震災慰霊祭・献花式

 震災の記憶、次代へ
  本学関係各所で魂弔う
 
 

 阪神大震災で犠牲になった本学の関係者らを追悼する慰霊祭が一月十七日正午、兵庫県南部地震神戸大学犠牲者慰霊碑前で行われた。野上智行本学学長をはじめとした本学の理事らや遺族、そして現役の学生など約百人が参列した。

 雪がちらつく寒空の中、十一時頃からすでに、阪神大震災で犠牲となった本学の関係者らのゆかりのある人が集っていた。早くに訪れた人たちは、持ってきた花などを慰霊碑の前に供え、手と手を合わせて黙祷を捧げていた。
 正午ちょうどに、遠い港から聞こえる汽笛の音とともに、全体で一分間黙祷し、野上学長と本学の理事をはじめとして、参列した方々が準備された花を慰霊碑の前に捧げた。
 阪神大震災が起こったのは十三年前。旧神戸商船大を含めて、学生四十四人、研究員一人、職員二人の合計四十七人が犠牲となった。
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 一月十七日の前後には、震災の犠牲者の魂を弔う行事が、さまざまに行われた。十六日の深夜から集まり、震災が起こった十七日五時四十六分に黙祷を捧げるのは、本学の学生救援隊と工学部の修士一年と四年生がメインの震災聞き語り調査会のメンバーだ。
 強風の中、六甲台キャンパスの慰霊碑の前に、四十四本のろうそくの火が灯った。集った学生らは、そのろうそくの前で、一分間以上、目を閉じて弔いの祈りを捧げた。
 聞き語り調査会は毎年、伝統的に行っており、救援隊は今年から、国文橋から場所を移した。
 聞き語り調査会の原田君は、「思い出したくもない人もいるが、震災を後世に伝えることに使命感を持っておられる方もいる。そういった方の話を聞くと、悲惨さを実感していない私たちとのギャップを埋めることができる」と話す。
 聞き取り調査に応じてくれた人は、去年は二人で、今年は六人、通算三百五十九人。犠牲となった方の約五パーセントにすぎないが、今度も活動を広めていくとのこと。
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 慰霊祭は六甲台キャンパスだけでなく十七日の正午に、海事科学部の慰霊碑前でも行われた。石田廣史海事科学部研究科長らが参列し、深江丸の汽笛とともに黙祷を捧げた。
 昨年に、震災で犠牲となった旧神戸商船大の六人の名前が彫られた慰霊碑が完成。黙祷後には、その慰霊碑の前に献花した。
 この中には、韓国港湾物流高校の学生の姿もあり、一年生のリ・ワンジェさんが代表して献花した。
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 阪神大震災当時、法学部の二年生の加藤貴光君が母の律子さんに送った手紙をもとに作られた歌が十八日、六甲台の慰霊碑の前で音楽家の奥野勝利さんによって歌われた。
 手紙は、貴光さんの入学式直前に下宿を見て新大阪駅から帰る際、貴光さんが指さしたポケットに入っていたもの。そこには、母に対する感謝の思いがつづられていた。その内容に母の律子さんは、電車の中でずっと涙したという。
 音楽家の奥野さんは、その手紙をインターネットで偶然に見つけた。あまりの感動に、曲を一気に作り上げ、ブログに掲載していた。その内容を律子さんもネット上で偶然見つけて、二人は出会ったという。
 奥野さんおブログは「にこにこ新聞」(http://utopiastreet.cocolog-nifty.com/nikoniko/)という。


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